銀河英雄伝説

  2021年より500年後、人類は宇宙規模での経済圏を確立していた。上田直輝の子孫、サンプクッチュ・テルノ214(2324年に日本は滅びてクルムンチュ共和帝国に改称し、国民の名字はテルノに統一され、名字の後ろには誕生日が記載されるようになった。また、日本語の言語体系も大きく変容したが、ここでは敢えて日本語で翻訳した形で記載する。)は、木星外縁系の人工惑星マクロス オリエンタルで生活し、故郷地球にいる想い人であるイシヲタヨワ・テルノ124とケンミンタル(”道“を通じて電波を送信し互いに意思疎通する未来のLINE的なものか。)で会話しているのであった……。

 

 

 

  サンプクッチュは家の布団で西村博之の『論破力』という古文書の読解をしていた。中々保存状態が良く、とても読みやすかった。しかしながら、この本にでてくる謎の人物「おいら」の存在が未だに解読出来ずにいたのだった。サンプクッチュは様々な仮説を立てた。「オイラー」という古代日本で信仰されていた神様説や「おいら」という現在は存在しない一人称説…。様々な学説が打ち出されてきたが、未だに解明していなかった。

  サンプクッチュは『論破力』を閉じてマドンに渡して本棚に運ばせた。時計を見た。まだ来ない。イシヲタヨワから一向にメッセージが届かないのだ。さっきから何回もケンミンタルを送信しているのに、中々返信が来ない。サンプクッチュは考えてはいけないようなことまで考えた───彼女は浮気をしているのではないか、と。

  サンプクッチュはイライラはしなかった。サンプクッチュは決して彼女を責めなかった。しかし、一回疑うと、悩んで悩み、その末に涙が瞳から溢れ、猜疑心で心がまいってしまうのだ。今日も涙で布団を濡らしながら、彼女の浮気を恐れていた。

  チョッパリ!という音と共に返信が返ってきた。

「今第24次九カ年計画の労役従事中〜!あと一時間で終わるよ!」

そうだった。こっちの時間とあっちの時間では多少時差があるのだ。とりあえずサンプクッチュはまた古文書の読解に励むことにした。

「次は…」

本棚を眺めて読みたい本を探した。『炎上弁護士』、『多動力』、『日本國記』、『サラリーマンは寝ながらお金を増やしなさい』、『革命のファンファーレ』、『嫌われる勇気』……様々な古今の名著が並んでいる。どれを読もうか迷っていると、『上田物語』という短編が目に入った。

手にとってみた。作者は…松本猛……?聞いたこともない作家だ。どうせ碌な才能もないのに持て囃されたエリートが書いた安い文書なのだろう。サンプクッチュはとりあえずこれを読むことにした。

 


  一時間経っただろうか。仕事が終わったイシヲタヨワからケンミンタルが来た。

「仕事終わった!見て〜!空に天の川が見えるよ!」

サンプクッチュも眺望が良い窓がある部屋に移動した。本当だ。絢爛とした、曇った白さを帯びた天の川が、天を横切っている。一つの大きな星の幹線道路のようである。

「キレイだね。二人で同じものを見てるなんて、なんだか浪漫な気分になってくる。」

「そうだねサンプクッチュくん!昔の人は、天の川をMilky Way <ミルキィーウェイ>って呼んでたんだって!」

「ふーん。ミルキィーウェイか……。ウッ!」

サンプクッチュは突然心臓と脳の海馬が痛みだした。唐突な鋭利な痛みは、サンプクッチュ自体の持病というよりも、太古から糸を紡ぐように受け継がれてきた遺伝子から起因するように思われた。いや、そうなのだ。そういう確信を持っていた。

  「今度一緒にミルキィーウェイ、見ようね。サンプクッチュ君!」

イシヲタヨワちゃんは追い打ちをかける。サンプクッチュは視界が朦朧としてきた。次第に手足に力が入らなくなった。そして、そのままゆっくりと崩れるように倒れてしまった。

 


  「よすいくん、やっと会えたね。」

 


サンプクッチュが聞いた最期のケンミンタルであった。