上田物語

上田物語

 

□登場人物紹介□

上田(よすい)……主人公。大阪梅田にひとり暮らしの大学生。雲丹ちゃんと付き合っている。浮気している。ネット恋愛をめちゃくちゃしてる。

 

雪見……上田のネッ友にして数少ない心の友。兵庫県?に住んでいる。ゲームが好きで、グループ通話(会議)をしながらよくゲームをしている。

 

雲丹ちゃん……上田の彼女。メンヘラ。滋賀県に住んでいる。

 

とっけー……上田のネッ友。熊本県に住んでいる。

 

たこサン……とっけーのネッ友。彼女とガールズバーのことで揉めた。

 

ねかまる……福岡に住んでいるゴスロリ中卒女。

 

あいるぅ……東京に住んでいる上田のネッ友。


1.

 

 

 

「ごめん

さよなら

 


そんな内容のLINEが送られてきた直後、後ろを振り返ると、暗がりから彼女の雲丹ちゃんが現れた。雲丹ちゃんの小さな手には、多分肉を切る用の鋭利で、大きな包丁が握られていた。

「…ま……」

命乞いをする暇もなかった。突進してきた雲丹ちゃんの包丁が心臓に直撃した。いや、これ結構痛いんだな。視界が徐々に薄れ始め、様々な追憶が流れた。これが走馬灯なのかな…。あとでツイートしとこ。

 


  目を開けると、自宅にいた。時刻は午後11:59。

「…は?」

当惑していると、光る端末の画面からとっけーさんの声が聞こえる。

「アレ?よすいさん死んだん?w」

さっきまでのは何だったんだろうか。確か、昨日の夜もとっけー、雪見、あと俺の彼女の雲丹ちゃんと会議していた。暫く画面を眺めていると、とっけーさんがたこサンの話を始めた。

「たこサンと昨日通話したんですけど、彼女がガールズバーに入るだの入らないだので喧嘩してたらしいんですよ笑 それでキレた たこサンが最後通牒を送ったら彼女が…」

また同じ話だ。昨日の夜もこの話をとっけーさんがしていた。

「とっけーさん、昨日と同じ話してるのは”ナンセンス”ですよ」

条件反射で水を差した。

「何言ってるの?世界観くん?とっけーさんこの話は一度もしてないよ。」

雲丹ちゃんが言う。

「たしかにとっけーさんはよく同じ話を何回もするけど今回に限っては初めての話だと思うよ。おまえどうかしてるぞ。」

雪見も反駁した。おかしい。確かに、昨日の夜もこの話をしたはずだ。しかし、三人とも記憶にないようなのだ。状況を理解出来ないので暫くの間は静観に徹することにした。

  しかし、雪見のシャドバに対するキレ方、とっけーさんの話題、雲丹ちゃんのレスポンス。すべてが全て、昨日の夜と同じ内容。いつか見た記憶なのだ。何かがおかしい。何かが引っかかる。しかしまあこれは夢か何かなのかもしれない。とりあえず今日のところは寝るとしよう。会議を抜けて上田は床についた。

  目が醒めると、既に夕方だった。今日はパチンコにも行かずダラダラ過ごすか。そう思いながら、コンビニに行ってタバコを購入し、Twitterでなんでもないことを呟きながら散歩していると、夢で出てきたところと同じ場所に行き着いたしまった。人気のない、静かな路地だ。

「ここって確か…」

すると、雲丹ちゃんからLINEが送られてきた。内容は……

 


「ごめん

さよなら

 


「………ま…まさかな」

振り返ると、暗がりには雲丹ちゃんの姿があった。その手には確かに夢で見たものと同じ包丁があった。ヤバイと思ったのもつかぬ間、突進してきた雲丹ちゃんが上田の溝落ちに包丁を突き刺した。上田が倒れると、雲丹ちゃんが馬乗りになって包丁をザクザクと突き刺した。上田はその怨嗟に満ちた眼差しを眺めながら絶命した。

 

 

 

 


2.

  目を開けると、また自宅にいた。そして時刻は、午後11:59。よくよく日付を見たら本当に昨日(10/21)なのか。つまり、これはアニメや小説でよくある、”死に戻り”っていうやつか。まさかな。

「アレ?よすいさん死んだん?w」

またも明るい画面からとっけーさんの声が聞こえてくる。これは輪廻の地獄で、この予期された死からは逃れることが出来ないのだろうか。いやしかし、とりあえずやれることはやってみよう。

  「わるい、今日気分悪いから会議抜けて寝るわ。おやすみ。寝落ちもなしで。」

上田はそう言ってスマホの電源を消して荷支度を始めた。明日の夕方の大体18:50とか40あたりだった気がする。その時間に俺は雲丹ちゃんに殺される。しかし、何故だ。確かに他の女とコッソリ寝落ちやエロイプはしたけれど、それは彼女にはバレないはず。それとも彼女が本当に狂った化物なのかもしれない。動機がなんにせよ、スマホの電源を切って始発の電車で……そうだな、九州にでも行こうか。なるべく遠くに行ってみよう。確か雲丹ちゃんは滋賀住みのはずだ。そこまでは流石に来れまい。上田はモンスターエナジーを一気飲みすると、二泊三日分の荷物を準備して、重い重い玄関の扉を開けた。

  とりあえず財布の中身も心許ないし鈍行で行くことにした。始発の神戸線に乗った。本を読んだりTwitterをしたりして時間を潰しながら色々な電車を乗り継いだ。途中岩国で安いコンビニ弁当を食べた。

  「次は、博多〜博多〜」

漸く博多駅に到着した。とりあえず今日のところは何でも良いから寝床を探して、明日はどうせだしちょっと観光でもしよう。そう思いながら、プラットホームを歩いていると、見るからにTwitterでよく見た“あの女“が目の前にいるのだ。

「おまえ、ねかまるだろ!?」

思わず声をかけると、その女も吃驚仰天した顔で振り返った。

「……よすい?なんで此処に?」

やはりそうだ。どういうわけか知らないが、フォロワーのねかまるとエンカウントしてしまった。二人で暫く立ち話をしていると、やはり、このタイミングで雲丹ちゃんからLINEが送られてきた。まあ、内容はもう言うまでもないだろう。

「雲丹ちゃんから?とっけーさんが言ってたけど、雲丹ちゃん今めっちゃヘラってるらしいじゃん。」

「やっぱりそうか…。」

しかし此処は福岡博多駅。彼女が来れるはずはない。ここは安全だ。とりあえずねかまると飯でも食って、快活クラブか何かで寝るとしよう。そう思った矢先、突然奥のホームから耳を裂くような金切り声が聞こえてきた。

「その人痴漢です!!!誰か捕まえて!!!」

声の方に目を向けると、上田に向かって、正にその大柄な痴漢犯が突進してきていたのだ。

「……まっ……」

痴漢犯のダイナミックな体当たりに弾き飛ばされ、上田は線路へと打ちつけられた。線路へと落ちたタイミングで、丁度上田の元へ大きな鉄の塊がやって来て、上田を通過した。ねかまるさんの裂帛の叫び声が、博多駅に木霊した。

 


3.

  「そういえば、とっけーさんが言ってたけど、おまえの彼女ヘラっているらしいよ……あ!上田上だ!気をつけろ!!」

「ま、まて……」

池袋駅では、上から鉄骨が落下してきて丁度話していたあいるぅの目の前で死んだ。飛行機で熊本に行ったら、とっけーさんの前でとっけーさんのリア友に日本刀で突き殺された。新潟に行ったら、駅のロータリーに突っ込んで来た暴走バスに轢き殺された。では、家に篭ったらどうなるだろうかと思ってみたら、隠密に侵入してきた雲丹ちゃんに気付かず、やはり刺殺された。

  畢竟するに、俺は何をやっても10月22日の午後6:40-7:00頃に死ぬ。これは現実ではなくてフィクション、いや浮世からは逸脱した異次元なのだ。何時からそこに迷い込んだのかはわからない。そして、これは俺の罪に対する償いなのだ。無限に死に続けるという無限地獄なのだ。いや、そもそもいつから「現実世界が地獄でない」という確信が生まれてきていたのだろうか。初めから俺は地獄にいたのかもしれない…。そうだとしたら助かる方法はないのか。

   虚ろな表情でまた迎えた10/21の午後11:59。俺はまたとっけーさんのオチのない話も、雪見の同じキレ方も、雲丹ちゃんの居酒屋の安酒の様に薄いレスポンスも聞かないといけないのか。ただでさえ約束された死が待ち受けているのに、この同じことが、本当に1から10まで同じことの繰り返しがやってくるのだ。もう耐えられない。どうすれば──。

    今にも死にそうな気持ちと顔で──実際既に何回も死んだが──、スマホの画面を見つめる。そうだ。確か、ねかまるさんもあいるぅも共通してとある事を言っていた。

「「とっけーさんから聞いたけど雲丹ちゃんがめっちゃヘラっている」」

しかしながら、とっけーさんだけは、とっけーさんだけは熊本で会った時にこの事を言っていない。コレが何を意味するのか。上田は真理に辿り着いた気がした。

  つまるところ、とっけーさんが彼女に唆したのだ。多分ではあるが、この後俺が抜けた後も雲丹ちゃんと雪見ととっけーは話す。その際にとっけーさんが、俺が浮気をしている事実を暴露。それによってヘラった雲丹ちゃんは俺を刺殺する。そういうことなのだろう。では、何故雲丹ちゃん以外の要因でも死ぬのだろうか。そこが疑問だ。

  だがとりあえず、今回はどうせ死ぬのだ。「実験」ということにしよう。会議で寝たフリをする。俺が寝ていると思ったとっけーさんは恐らく次々と俺のあることないことを、雲丹ちゃんに吹聴するのだろう。名付けて死んだふり作戦だ。もう何回も死んだけど。

「やばい眠い…」

明らかに眠そうに重苦しい声でこんなことを何度か唱えた。数分後、ニセの鼾をかいて本当に「寝たこと」にした。さぁ、鬼が出るか蛇が出るか…。

「アレ?よすいさんガチで寝てね?」

とっけーさんは軽快な口調で俺が寝たことを確認した。

「フフッ」

「いや、コレマジの鼾じゃね笑、てかうるさ」

雪見や雲丹ちゃんも続けてレスポンスを始めた。

「鼾といえば、知ってます?たこサンの彼女の鼾がヤバすぎて、たこサンは彼女と寝落ちする時イヤホン外して寝てるし、この前泊まった時は別室で寝たらしくてですね…」

ここは、最初の死に戻りと同じだ。なるほど、結局鼾の話題に繋がるのか。

「はぁああ、つっかえ……大体このアレがさ…ホントクソゲーだわ」

雪見のシャドウバースのキレ方も全く同じだ。

「ところで…なんですけど」

とっけーさんが何やら言い始めた。

「雲丹ちゃんはよすいさんが他の女と寝落ち通話とかエロイプしているの知ってるの?」

「え、世界観くんが…?本当に…」

「本当だよ。」

「とっけーさんそれさ、一応よすいさん残ってるけど言っていいのそれ?」

気まずい雰囲気に雪見が水を差した。

「いやいいよ、どうせよすいさんは寝てるし。この前雲丹ちゃんがいないときに話してたし証拠だってあるよ。ホラこれ。」

とっけーさんは上田とのトークのスクショを添付してすぐに送信を取り消した。

「悪いことは言わないからさ、こんなやつと早く別れた方がいいよ。ちなみにだけどこれいつもやってるからもうアイツ病気だよ…。俺も他人のこととやかく言える口ではないけど。」

「え………え………」

「僕ちょっとApexしてくるんで一旦抜けますね。」

気まずさを感じた雪見は会議を抜けた。

「まあ、よすいさんが寝ているから言いますけど、毎回浮気してるし、金は返さないし、別れるときに彼女にレスバトル仕掛けるし、ね?コイツロクなやつじゃないからね。雲丹ちゃん良い子だしこれ以上こんなやつと付き合って徒労に暮れるよりかは、リアルとかで恋愛して他の良い人見つけたほうがいいよ。俺から言えることはそれだけです。」

「……え……」

 


  雲丹ちゃんは終始驚いている様子だった。恐らく、上田が会議を抜けた後毎回これが繰り返されていて、これに激昂した雲丹ちゃんは包丁を持って俺の自宅に行き、例のLINEを送り、明日の午後6時40-午後7:00に刺殺する。それがこの物語の”クリプトレシ”だったのか。

  それならば話は早い。今回はとりあえず殺される。そして、いつもの時間と場所にリスポーンされたらまず最初にすることは、とっけーさんのご機嫌取りと時間稼ぎだ。個通にでも呼び出して永遠に語り続けたら、雲丹ちゃんにさっきの様な讒言をすることもないはずだ。そうすれば、俺は今度こそ死ぬことはない。完膚なき計画だ。

 


  上田は久し振りにあの人気のない路地にいた。

「待ってたぜ」

上田が後ろに振り返ると、大きめの包丁を持った雲丹ちゃんの姿が、やはり其処にはあった。上田はまた死んだ。

 


4.

  上田はまたいつものリスポーン地点にいた。暗澹とした部屋の中で、また上田のスマホだけが光を所持している。

「アレ?よすいさん死んだん?w」

またとっけーが同じことを喋っている。

「とっけーさんちょっと個通しよ。」

「へ?あ、まあいいですけど…」

「世界観くん、私との寝落ちは…?」

「ごめん。とっけーさんと大切なことを話したいから…明日しよう。」

早急に会議を抜けてとっけーさんに個人通話をかけた。

「で、何の用?」

いざ呼んだはいいが、話題に困った。しかしとりあえず時間を稼げれば良い。

「実は最近血便なんだ。これってなんかの病気なのかな?コロナの後遺症?」

「……は?何いってんの?ガチで言ってるのそれ??」

こんなふうに無理矢理意味もない話をし続けた。朝5時頃、とうとう負けたとっけーさんが寝落ちした。清々しい朝だ。

  なんとなくテレビを付けた。天気予報では、明日には大型の台風が本州に上陸するだとか、今日は束の間の晴れだとか言っていた。そんな他愛もないのを見ていたら、うっかり上田も眠りに落ちてしまった。

 


  上田が目を醒ますと、もう既に午後6時半だった。一瞬驚いた。しかし、今回は死にはしない。大丈夫だ。そう自分に暗示させた。

  とりあえず布団から一歩も動かずにダラダラすることにした。LINEを返し、声ともやツイッターを眺めていた。

  午後6時58分。もう直ぐだ。もうすぐで待ち侘びていた瞬間が来る。午後7時になっても死ななかったら一蘭に行こう。

  そう思った矢先、雲丹ちゃんからLINEのメッセージが届いた。上田は慌てて内容を見る。

 


「ごめん

さよなら

 


  「まじかよ」

ガラガラと窓が空いて、其処から包丁を持った雲丹ちゃんが現れた。身軽な彼女は上田の部屋のゴミを華麗に飛び越え、上田に飛びかかった。上田はまた死んだ。

 


5.

もう何度目かもわからないいつもの場所と時間だ。午後11時59分。大阪梅田の自分の家の自分の部屋の布団の上。豆球だけがつく暗い部屋。光るスマートフォン。聞こえるとっけーさんの声。

「アレ?よすいさん死んだん?w」

  聞き慣れたフレーズがまた聞こえてきた。正直もう聞きたくない。

  ただでさえメンタルの弱い上田の精神は、完全に擦り切れて弱っていた。前回でやっと暗夜行路を抜けられると思っていただけに、そのショックは甚だ大きく、それは上田の心に対して、致命傷を追わせた。

しかし、もう死力は尽くした。何回も死んだけれど。もう考え得る限りことは全て行ってきた。もう俺は死ぬって決められているのだ。虚無に浸って、自分の無力さを嘆いた。「ごめん、もう寝る」

  上田は涙を堪えた声でそう言って会議を抜けた。

「もうたくさんだ…。」

  暗い部屋でブツブツと泣き言を吐き続けた。また今日も死ぬ。あの苦痛をまた味わなければならない。もう何回死んだのだろうか。考えてみれば、何回かは実験という名目で態と死んだこともあった。もう自分の命の重さの概念すら、上田の頭の中には消滅しかけていた。

  どれくらい経っただろうか。時計の針すら、ボヤケて見えなくなっていた。

(テテ テテテ テテテン♫)

   誰かからLINEの着信が来ていた。上田はおかしいと思った。何回も死に戻りしてきて、今までこんなことは起きなかったからだ。こわごわとしながらスマホを見ると、電話してきたのは雪見だった。益々おかしく感じた。しかし、とりあえず出てみることにした。

「あ、よすい?大丈夫なん?」

雪見はいつものやや辛辣な態度ではなく、ひどく心配している様子だった。

「大丈夫じゃないよ。俺今日死ぬ。」

「あーやっぱり?なんかいつもの死ぬ死ぬ詐欺の比じゃないくらいヤバそうだったから、ほんとに少しだけ心配になっちゃったんだよね。僕でよかったら助けになるけど?」

「言ったところで信じてくれるかどうか…」

「何言ってんだよ。おまえいつもそんなんだけどさ、僕一応よすいさんのことは友達だと思ってるよ?友達ならさ、どんなことだって信じるよ。信じるか、信じないかで迷ってるなら言ってほしい。とっけーさんや雲丹ちゃんが信じられないことでも、僕は信じると思うよ。」

画面の奥から聞こえてくるその声は、上田にとって、今はどんな貨幣よりも、どんな神様よりも、信用にたるものだった。

  上田は全てを話した。死に戻りのこと、今まで何回も死んだこと。生きようとして失敗したこと。

「うん。なるほど。突拍子ないことだけれど、とりあえず信じよう。それで今日の夕方午後7時頃に死ぬと…。」

雪見は驚きもせず、何やら考えているようだった。

「どう思う雪見?」

「どうするって言われてもなぁ…。牧瀬紅莉栖や浅井ケイのような明晰な頭脳の持ち主はおろか、ダルやドクのような発明家もいないし…状況としては最悪じゃないか?」

「……。」

上田は黙ってしまった。そのとおりだ。状況は最悪だ。確かに、雪見は助けてくれる。しかし、雪見に何ができる?もしできたとしても、もし今回失敗したら次のときには雪見には記憶がないはずだ。

「つまり俺はナツキスバルや鳳凰院凶真よりヤバイのか?本当に孤独な観測者じゃないか。まるで。」

「そうなるね。僕の力でできることも限られている。しかし──」

雪見は大きく息を吸った。

「策がなんにもないわけではない。」

「具体的には?」

「そうだね。その前にまず今の状況を軽くおさらいしよう。よすいさんは今日の夕方死ぬ。今まで何回も死から逃れようとしたけれど、雲丹ちゃん以外の事象で結局死ぬことになった。また、雲丹ちゃんによすいさんの浮気を指摘して間接的に殺したとっけーさんを雲丹ちゃんから切り離した時も、同様に死から逃れることは出来なかった。」

「うん。そのとおりだ。」

「此処から言えることは一つ。よすいさんはどうやっても結局同じ時間に死ぬことになる。それは誰かがこうしたからとかみたいな原因と結果の関係ではなく、絶対的で独立した事象として存在する───いや、そもそもよすいさんがこの世界に生まれたという原因が、今日死ぬという結果に帰結しているのかもしれない。」

「え?だとしたら、俺は絶対に死から逃れられなくない?どうすんだよ。」

雪見は話を続ける。

「ご名答。しかし、逃れる方法が一つだけある。タイムマシンを作ることも、魔法を使うことも出来ない凡人な僕らにもできることがある。それが、偽装殺人だ。細かい説明は省くけれど、とりあえずどうせよすいは死から逃れられないのだから、世間では”死んだこと”にするんだ。認識のすり抜けだよ。上田直輝は今日で死ぬ。しかし、お前そのものの肉体は、別の人格として、別の人間として生きることになる。それが僕の策。どう?」

雪見はかなり早口で一気に作戦を説明した。上田は呆気に取られていた。しかしこれならいけるという確信と自信も取り戻しつつあった。

「詳しい作戦を言うと、まず雲丹ちゃんによすいが態と刺される。そのときちゃんと心臓近くを刺してもらう。それであらかじめ胸に隠しておいた、血糊が溢れ出るようにする。そうしたら、雲丹ちゃんはよすいが死んだと思うだろう。そのタイミングで僕が現場に駆けつけて通報する。よすいはその間に出来るだけ警察の目が行かないようなところに逃げる。その日の夜のうちに逃げるところまで逃げればあとはお前のやり方次第だな。まあ、そこで失敗すれば、またやり直せばいい。その時は僕をまた頼ってくれ。必ず助けになるから。」

「疑問なんですけど、その場合、警察がちゃんと捜査したら血痕とかでバレると思うんですが。」

「はあ?よすいお前天気予報見てねぇのか?明日は数十年に一度レベルの巨大台風が本州に上陸するって知らんの?証拠は全部きれいサッパリ流れるだろうよ。そしたら、残るのは人的証拠。つまり、雲丹ちゃんと目撃者である僕だけが証拠だ。」

「なるほど…。」

「とりあえず、偽装殺人の為には僕が直接出向く必要があるから、明日急いでそっちに行くよ。よすいはできるだけ多くのお金とかを用意しといて。あとはこっちがどうにかするから。とりあえず明日そっち行くわ。じゃ、おやすみ。」

上田も寝ることにした。明日、いや明日じゃなくて、もう一回してもいい。さらにもうその次でもいい。なんとしても成功して、絶対に生き残ると上田は心に誓った。

 

 

 

6.

  少女は鞄の中の、台所から取ってきた大きめの包丁を確認した。私以外に好きな人がいるなら殺しちゃえばいい。私も一緒に死ねば、二人は一生二人きり。そんな病んだ思考で、遂に大阪まで来てしまった。剰え、偶然コンビニでタバコを買う上田を発見してしまった。これは天命なのだと自己暗示し、上田を尾行した。

   上田が人気のない小さな路地に入った。今が好機だ。少女は包丁をギュッと握りしめた。

「見たまえ!!!」

  上田は突然振り返って、少女に笑顔で声をかけた。だが、その笑みはすぐに消え失せた。少女は彼に突進して心臓を一突きで刺したのだ。彼の服に深紅の血が滲み始めた。

「ガハッ!」

上田は、包丁が刺さったままよろけながら雲丹ちゃんを押しのけ、一歩後方に下がってそのまま倒れた。その瞬間、少女の数m後方に人影が現れた。小柄な成人男性だった。「うわあああああああ!!!!!上田ぁああああああ!!!!!」

彼は大声で叫んだ。母親の顔や学校の友達の顔、好きだった先輩の顔が、少女の脳裏に過ぎった。───死にたくない…。

彼女は凶器を捨て、無我夢中で走って逃げた。ごめんなさい。ごめんなさい。心の中で謝りながら走り続けた。

 


  それから、その少女は殺人の疑いと銃刀法違反の疑いで逮捕されたが、不起訴となった。というのも、当の死体は一向に行方不明であったからだ。殺害当日の次の日にやって来た台風に飛ばされたとか、警察が隠しているとか、実は暴力団が関係しているとか色々な憶測が飛び交った。

   また他方で、上田直輝生存説も唱えられ、掲示板やTwitterでは連日祭りとなった。上田はフィリピンに渡ったという説。上田はイスラム国に参加しているという説。令和一奇妙な事件として、語り継がれることとなった。

   

「よすいさんは今頃何してるんですかね?w」

「さあ、今頃女といるでしょ。」

匿名の人間同士が交わる電脳世界では、今日も彼のハンドルネームが呼ばれるのであった。

 

 

 

おしまい